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ベトナム株の魅力 |
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ベトナム株の魅力とは?
ベトナム株が注目に値する理由にはさまざまなものがありますが、大きなポイントは3つあります。
1 ベトナムが本格的な高度成長期を向かえつつあること
2 証券市場の拡大が確実視されていること
3 若年人口が豊富で、今後さらなる経済成長が期待できること
では、これらのポイントを詳しく紹介していきましょう。
経済成長率はアジア第2位
21世紀最大の経済成長国は中国ですが、ベトナムはその中国についで第2位の経済成長率を誇っています。
2005年の統計では、実質GDP成長率は中国9.9%、ベトナム8.4%。中国のGDP成長率は下降傾向にあり、逆にベトナムは上昇していくと見られています。
中国はすでに成長段階の終息に向かっています。
そこで、これからが高度経済成長期本番となるベトナムに、世界中の投資家の注目が集まっているのです。
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WTO加盟で経済成長が加速
ベトナムは1986年、社会主義に市場経済システムを取り入れる「ドイモイ政策」が採択され、改革・開放路線を歩み始めました。
1986年以降、ベトナムは中国との国交正常化や日本からの政府開発援助(ODA)の再開、アメリカによる経済封鎖の解除など、つぎつぎと国際社会における対立の清算を進め、1995年にASEAN、1998年にAPECへの正式加盟を果たしました。
こうした対外関係の改善にともない、1990年代前半はGDP成長率8%以上の順調な経済成長を果たしました。1997年のアジア通貨危機により一時成長は停滞し、ベトナムへの外国投資も減りましたが、現在は回復しています。97年には4%台にまで落ち込んだGDP成長率も2002年7.0%、2003年7.2%、2004年7.4%、2005年8.4%と順調に上昇しています。
さらに、2006年12月、WTO加盟がついに決定しました。
2006年からの5カ年計画のなかで、ベトナム政府は2010年には国民一人当りのGDPを2000年の2倍にするという目標を発表しました。ベトナムへの海外企業の移転が増加していることを鑑みても、ベトナムは着実に経済成長すると見られています。
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2000年生まれの非常に若い証券市場
ベトナム株が注目される要因として経済成長率の高さを挙げましたが、ベトナムの高度経済成長期は1997年以前にもありました。1997年以前の成長と現在の成長とで何が違うのかというと、それは証券取引所が創設されたことです。 現在、ベトナムにはふたつの証券取引所があります。ホーチミン証券取引所(2000年創設)とハノイ証券取引所(2004年創設)です。どちらも非常に若く、まだまだ小さな市場です(詳しくはベトナムの取引所についてを参照)。
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ベトナム市場の株価は非常に安く、最低購入金額は安い銘柄だと900円前後、もっとも高い銘柄でも18000円前後です(2006年11月現在)。日本の株式市場と比べると考えられない価格です。
ここで、1960年以前、高度経済成長を迎える前の日本を比較してみましょう。
たとえば、今や世界企業のひとつであるソニーも1958年の上場時の株価は307円です。
これが、2006年11月現在、4790円まで値上がりしています。約16倍です。
このほかにも1958-2006年までの48年間で無償増資や株式分割を幾度となく繰り返しているので、当時1株持っていれば現在では10株程度に増えていることになります。つまり、160倍もの資産になっていることになるのです。
ソニーの株は1000株単位での売買なので、最低購入金額は30万7000円。これを160倍すると、なんと約4900万円です。
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勤勉で優秀な労働資本に注目が集まる
少子化に悩まされている日本とは逆に、ベトナムは人口の半分が20歳以下。労働人口は約4298万人 です。
1960年代の日本と現在のベトナムの人口ピラミッドを比較してみると、非常によく似ています。かつての日本の労働市場も、この豊富な若い労働力が支えていました。
ベトナムの若年層の識字率は男女共に97%に達し、勤勉な国民性を持っています。また、手先が器用で頭が良いと評されており、たとえば、アジア人初の有人宇宙飛行を遂げたパン・トアンはベトナム人でした。
英語教育が非常に盛んで、若いベトナム人層では高い英語能力を持つ人も少なくありません。
日本語も英語に次いで盛んに学ばれています。
この労働資本の優秀さに比べ労働賃金が安いため、ベトナムは非常に高いコスト競争力を持っているのです。
ベトナムの技能労働者の賃金は中国・タイなどの半分以下の水準です。 これに注目した海外の企業が次々とベトナムに進出しています。
また、20歳以下の人口が多いということは、今後消費量が拡大するということでもあります。
労働人口が増えて生産が高まり、消費生活が活性化して内需が拡大する。
今後の経済成長が期待できる大きな要因のひとつです。
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ベトナム株投資の注意点
将来が期待できるベトナム株ですが、注意点も挙げておきましょう。
1 流動性が低いことに注意
ベトナム市場は上に挙げた通り、非常に若い市場です。若い市場だからこその魅力がたくさんあるのですが、やはり日本の証券市場などに比べると安定性が違います。
なぜ安定性が違うのかというと、ベトナムは日本のような大市場と違って取引額もひと銘柄あたりの株式発行数も少なく、流動性が低いからです。流動性とは、株の売買のしやすさのことを言います。
株式発行数が多ければ、買いたいときに欲しい枚数を買うことができますが、少なければ、欲しいと思っても誰かが売ってくれるまで、その銘柄の株が買えません。逆に売りたいと思ったときでも、希望の金額で売れない場合もあります。
また、流動性の低さは株価にも影響を与えます。たとえば株券が100億枚発行されている場合なら、100枚や200枚の株券が動いても株価に大きな影響はでませんが、1000枚しか発行されていない場合なら、100枚の売買が株価に大きな影響を与えることになるのです。
小さな市場では株価が小さな要因で乱高下することがありえることを認識しておいてください。
2 外国人保有比率に注意
ベトナム株には「外国人保有率」というものが定められています。外国人保有率とは、外国人が購入可能な株の割合のことです。
現在はひとつの銘柄の49%までとなっています。
株式は、売りに出る株がないと買うことができないので、欲しい銘柄があったとしても、その銘柄が他の外国人に49%MAXまで買われてしまっている場合、外国人がその銘柄の株を売りに出すまで買うことができません。
ベトナム株には「外国人保有率」というものが定められています。外国人保有率とは、外国人が購入可能な株の割合のことです。現在はひとつの銘柄の49%までとなっています。
株式は、売りに出る株がないと買うことができないので、欲しい銘柄があったとしても、その銘柄が他の外国人に49%MAXまで買われてしまっている場合、外国人がその銘柄の株を売りに出すまで買うことができません。
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| 面積 |
32万9,315万平方キロメートル(日本の約90%) |
| 人口 |
8,312万人(2005年末) |
| 人口増加率 |
人口増加率:1.33%(2005年) |
| 首都 |
ハノイ |
| 人種 |
キン族(越人)が人口の約86%を占める。ほかに53の少数民族がある |
| 言語 |
ベトナム語 |
| 宗教 |
仏教(80%)、カトリック、カオダイ教ほか |
| 教育 |
5(小)、4(中)、3(高)制。義務教育は小学校のみ |
| 気候 |
北部・亜熱帯/南部・熱帯モンスーン帯 |
| 日本との時差 |
マイナス2時間(日本が正午のときベトナムは午前10時) |
| 通貨 |
ベトナム・ドン(1ドル=16,088ドン、1円=137ドン)<2006年11月2日現在> |
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歴史
ベトナム社会主義共和国は1976年7月2日、分裂していた南北ベトナムの統一によって建国されました。それ以前にもベトナムは長い歴史を有していますが、大部分が外部勢力による侵略と支配、それに対する抵抗と独立をめざす戦いの歴史であったといえます。
紀元10世紀、この地域の人々は千年を超える中国支配から独立します。
しかし実際はその後幾度も中国王朝からの干渉を受けました。その中で次第に南方に進出してゆき1802年、阮(グエン)王朝により全国統一がなされます。
しかし1887年にはフランスの保護領となり、第二次大戦中は日本が占領。終戦の1945年、北部でホー・チ・ミンを首班とするベトナム民主共和国が独立を宣言しますが、支配の回復を目指すフランスとの間にインドシナ戦争が勃発します。これは1954年のジュネーブ協定によって、北緯17度線を境にベトナムの国土を南北に二分して停戦となります。
北部ではベトナム民主共和国(北ベトナム)、そして南部では1955年にアメリカの支援によりベトナム共和国(南ベトナム)が成立しました。
その後、北ベトナムは社会主義社会の建設を実施します。
そして1960年、北ベトナムは社会不安の増大していた南ベトナムの解放と社会主義国家の建設を謳い、南ベトナム解放民族戦線の闘争を指導し始め、これがベトナム戦争に発展します。
1965年に米軍が直接介入を始めましたが1973年の和平協定により撤退。1975年のサイゴン陥落により南ベトナム政府は崩壊し、1976年、南北ベトナムの統一が実現しました。
統一後、ベトナムは「ベトナム社会主義共和国」となりました。
その後1978年カンボジアへ侵攻した第三次インドシナ戦争、翌年の中国との戦争によりベトナムは各国から孤立します。また南北統一後のベトナムは国内面では経済建設に力を入れましたが、カンボジア侵攻による国防強化、食糧生産不振などにより経済情勢は重大な危機を迎えました。
こうした状況を改めるために1986年、第6回ベトナム共産党大会で採択されたのが「ドイモイ(刷新)政策」です。ドイモイ政策とは社会主義路線の見直し、産業政策の見直し、市場経済の導入、国際協力への参画の4点を柱にした政策です。その結果、停滞していたベトナム経済に回復が見られるようになりました。
そして1992年、越中関係正常化を経て1995年、7番目の加盟国としてASEANに正式に加盟。同年アメリカとの国交正常化が宣言され現在に至っています。
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ベトナム株 驚異の資産運用法
生方 茂樹 (著) |